そしてもちろん、ボブ・ディランのコンサートも、もう一つのクライマックスでした。ATさんにとっては初めてのディランのライブ。どこがどうという理屈ではなく、ただ、彼と同じ空間で、直接音楽を聴かせてくれることの感動 ― 私も遠い昔に味わった、あの新鮮な体験に、ATさん感動していました。
旅のあいだじゅう、歴史や音楽、そのほか沢山のことをお喋りしました。
ATさんは一日早く帰国することになっており、私たちはホテルで別れました。気をつけて帰って、というのが最後にお会いしたときの会話です。
帰国してから、私は自分のサイト
Cool Dry Place に、
旅行記を掲載しました。旅の道連れとして、ATさんが登場します。しかし、私は意識的にATさんの言動について詳細には記載しませんでした。ATさん自身が、帰国後、かならず旅行記を作成するとおっしゃっていたからです。ですから、私があれこれと書くまでもありません。その完成を心待ちにしていました。
その後もメールや物のやりとりは続きました。メールのたびに、旅行記がまだ出来ていないと嘆いておられました。私は、旅の感動が薄れない内に、早く書いた方が良いとアドバイスしたものです。
メールのやりとりは、去年の年賀状が最後になりました。
その後、私から特に連絡することがなかったのです。ATさんのブログサイトは、更新がぱったりと止んでしまいました。更新が休止することはよくあったので、気にも留めませんでした。そのうち、またいつものように更新再開するだとうと思っていました。
私は去年の10月にロンドンへ行きましたが、そのときもATさんのためにお土産を買ってきました。いつもなら帰国後すぐに発送するのですが、今回だけは公私ともに忙しく、すっかり遅くなってしまいました。発送しないまま12月になってしまったので、クリスマス・プレゼントにしようと、私にしては珍しく、それらしい包装をして、発送したのです。
宅配業者から連絡があり、何度不在票をお届けしても連絡がないと知らされました。住所が変わったのだろうかと思い、何度もATさんにメールしたのですが、返信はないまま。年が明けてから、配送業者から品物が私に返送されてきました。
ATさんが亡くなったようだという伝言つきでした。
私は事を確認する術を考えました。一緒に旅行中、更に親しくなる内に、ATさんの職場の話も聞いていたのです。そこで、私はその職場のアドレスを調べてメールを出し、彼女の消息を尋ねました。突然、人の消息を尋ねる私に対して、職場の方はとてもご親切だったのだと思います。思いがけなくも、ATさんのお母様と電話でお話しすることができました。
お母様によると、先月の上旬、突然体調を悪くされ、亡くなったということです。お母様の口調からも、本当に突然だったのだということが分かりました。宅配の返品をしたのは、お母様だったようです。
私は覚悟していたのですが、ちゃんとお母様とお話できたか、分かりません。ただ、お悔やみと、ATさんが良いお友達だったこと、素晴らしいブログサイトを運営されていたこと、イングランド旅行がとても楽しかったことをお伝えし、そして電話を下さったことにお礼をするしかありませんでした。
ロンドンから戻ってすぐに、お土産を発送していれば、ATさんは受け取り、いつものとおり、私にメールを下さったでしょう。今回に限って、そうはなりませんでした。早くを送っていればと思う一方、このタイミングのずれがあったからこそ、お亡くなりになったっことが分かったのだということも、確かです。
ATさんは私よりすこしだけお若い方でした。ごく真面目で、誠実な人柄でした。とても賢く、努力家で、それをいかしたお仕事をして、社会に貢献しておられました。
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