Tribute to the memory for my friend
2016-01-08


友人のATさんが亡くなったという報に接しました。ご冥福をお祈りします。

 ATさんとの出会いは、インターネットでした。彼女は中世の英国王リチャード3世に関する詳細なブログサイトを運営しており、英国史に興味のある私が、そのサイトをたびたに閲覧していたことに端を発します。おそらく、世界でも有数の、リチャード3世サイトでしょう。
 はじめはサイトを見るだけだったのですが、ある時、ATさんが記事の中でボブ・ディランに言及したことがあり、彼のファンだということが分かったのです。そこで私からメールを差し上げたところ、実はTP&HBにも興味があり、TP&HBのファンサイトに出入りしていた私のことを知っておられたのです。しかも、ディラン・ファンでもある私の影響で、TP&HBのファンにもなったとのことでした。

 それ以来、盛んにメールのやりとりをして、歴史や音楽について語り合いました。ATさんは古楽にも興味があり、いつか私の母校の楽器資料室にご案内しようとか、同じ海外ドラマが好きだったりとか、英語読書に挑戦しているとか、とにかく共通の話題が多かったのです。
 ATさんは北日本在住で、首都圏在住の私とお会い出来る機会はなかなかありませんでした。2010年のディラン来日のとき、彼女の街での公演がなかったので、どうにか都合のあう東京公演のチケットを取ろうと、チャットをしながら躍起になったものです。残念ながら、このときのATさんは、ディランを見ることが出来ませんでした。
 メールだけではなく、物のやりとりも盛んにしました。私は遠征に行くと必ずお土産を送り、またスティーヴ・フェローニのサイン入りCDが手に入ったときも、プレゼントしました。ATさんも、歴史に関する本や、トム・ペティが愛飲しているお茶を送って下さいました。そして、マンガに関して門外漢の私に、いかにして歴史に関するマンガを入手すれば良いかも、教授して下さいました。
 ATさんのブログサイトに関して、歴史の話に花を咲かせる一方、私の、このブログもよくご覧になって下さっていました。ご自身のブログサイトで使っているハンドルネームで、コメントを下さったことも、何度もあります。

 2012年、リチャード3世の遺骨がイングランドのレスターで発掘されたという大ニュースがあり、この時も、盛んにやりとりしたものです。
 そして2013年、私はディランが約50年ぶりにロイヤル・アルバート・ホールでライブをするという情報を得て、渡英することにしました。そして、リチャードが発掘されたレスターに行くことも心に決めていました。次にしたのは、一度もお会いしたことのないATさんに、一緒に行かないかというお誘いのメールでした。
 ATさんのお仕事はとてもお忙しいものでしたが、スケジュールを調整し、同行すると返事を下さいました。ディランのチケットはほとんどソールド・アウトでしたが、私があれこれチケット・サイトを紹介し、どうにか舞台背後の席が取れたのです。

 2013年11月、成田空港で初めて会った私たちはロンドンに飛びました。初めて会って、いきなり一緒に海外旅行というのも、ずいぶん思い切った物です。
 しかし、とても楽しい旅行となりました。ウェストミンスター寺院や、ロンドン塔のような歴史と縁の深い場所、リチャード3世が創設した紋章院、ナショナル・ポートレート・ギャラリー、RAHの見学ツアー、フォートゥナム・アンド・メイソンでのアフタヌーンティーなど、楽しみが目白押し。そしてもちろん、一番のイベントはレスターでした。
 夜が明けきらないロンドンを出発し、朝日がのぼるイングランドの野を列車で走り、レスターへ到着しました。ATさんが手配してくださったタクシーでボズワース古戦場や、ミュージアムも堪能しました。
 レスターの街ではリチャードの発掘現場や、彼が通ったであろう道、大聖堂などを訪ねました。


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